上御井神社

上御井神社-かみのみいのじんじゃ は外宮の宮域内の藤岡山の山裾にあり、御祭神は上御井鎮守神-かみのみいのまもりかみ となっている。

井戸水が湧き、天照大御神に奉られるお水や伊勢神宮で醸造する神酒の原料となる水が汲み上げられている。

上御井神社への道順は、外宮をめぐり終わり外宮に入るもう1つの入口の北御門(裏参道)に向かう途中、火除橋の手前にある御廐を通り過ぎると左手にまっすぐ伸びる道が見える。

伊勢神宮イラストマップ
この先が藤岡山の麓へとつながる

長くまっすぐ伸びた道をしばらく進んで行くと、度会国御神社-わたらいくにみじんじゃ、さらにその先に大津神社-おおつじんじゃ が鎮座している。

大津神社

大津神社を過ぎた辺りで縄に行く手を遮られ、立入禁止と書かれた簡単な札がぶら下がっているのが目に入る。

一般の参拝者は上御井神社へお参りすることができないためだ。

この場所からは上御井神社の社殿を見ることはできないがここから遥拝するしかない。

大津神社前から、さらにその奥に上御井神社は鎮座する

伊勢神宮公式 サイトによれば、約 1500年続けられている日別朝夕大御饌祭で天照大御神に奉られるお水を上御井神社の井戸から毎日汲んでお供えしているという。

出典:伊勢神宮公式サイト

また、水を汲む時は水面に自分の姿を映してはならないと言い伝えられており柄の長い柄杓を使い桶1杯分の水を汲み上げるという。

出典:伊勢神宮公式サイト

ヲシホミミは天忍穗耳尊

話が急に変わるが、天忍穗耳尊- あめのおしほみみのみこと について確認していくことしよう。

私たちが知っている天忍穗耳尊は天照大御神の長男として生まれてきた。その誕生のありさまは古事記や日本書紀の「アマテラス と スサノヲの誓約」に記されている。

アマテラスから受け取った珠を スサノヲが噛み砕き、吹き出した息の霧から 5柱の男神が誕生し、そのなかの 1柱が天忍穗耳尊となっている。

神話の時代には初代から 5代目までの神々が順番に国を治めていた。その時代のことを地神五代-ちじんごだいと称し、地神五代の二代目の神様が天忍穗耳尊だ。言うまでもなく初代は天照大御神である。

そして、天忍穗耳尊は栲幡千千姫命との間に、瓊瓊杵尊-ににぎのみことをもうけた。瓊瓊杵尊は後の地神五代の三代目の神様となる。

二代目の天忍穗耳尊から人間で言うところの妻を娶りその妻との間に子をもうけているのに、なぜか天忍穗耳尊だけは噛み砕かれた勾玉から生まれてきているのだ。

男女が交わって生まれてきたのなら当然、父親は誰だ?となるから…

このように、木に竹を接いだような内容が古事記や日本書紀の釈然としない部分なのだ…

上御井神社で天忍穗耳尊が産まれた!?

さて、ここからは ホツマツタヱに沿って話を進めていこう。

瀬織津姫と荒祭宮の記事で書いたように、アマテル大御神は瀬織津姫を正妃として迎えている。しばらくしてから瀬織津姫は アマテル大御神の子を身ごもった。

さて、セオリツ姫はこの時期になってやっと身ごもられました。ワカヒト(アマテル大御神の斎名)のご意向によって、イサワの宮に程近い人里離れた フジオカアナの オシホヰ(伊勢外宮境内/聖水の湧く井戸がある)に設えた産屋に籠もり、ひっそりとお生まれになったのが オシホミミの皇子、斎名 オシヒトです。嫡子の資格を持つこの皇子の誕生は世間に布れられ、神在の餅飯が振る舞われると、国民は高らかに祝いの歌を歌って、祝賀行事は盛大に行われました。

ここにゐませは むかつひめ ふちおかあなの おしほゐに
うふやのみみに あれませる おしほみのみこ おしひとと
いみなおふれて かみありの もちゐたまえは たみうたふ

引用:今村聰夫 はじめてのホツマツタヱ 天の巻 株式会社かざひの文庫

神代の時代を思い浮かべ、上御井神社で天忍穗耳尊が産まれたことを想像して参拝すると、人とはちょっと違う伊勢神宮参拝が楽しめるのではないだろうか。


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